大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3762号 判決 1990年6月29日

原告

前田佐裕美

被告

安田火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一八〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外前田満秋(以下「満秋」という。)の配偶者である原告が、左記の交通事故(自損事故)の発生を理由に、被告に対し、保険契約に基づく保険金を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  満秋は、被告との間で、昭和六二年六月一六日、以下の内容の自動車保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(1) 被保険自動車 トヨタソアラ三〇〇〇GT(名古屋三三や四八五六)

(2) 被保険者 満秋

(3) 保険期間 昭和六二年六月一八日から昭和六三年六月一八日まで

(4) 種類・金額 自損事故 一名一四〇〇万円

搭乗者傷害 一名一〇〇〇万円

2  満秋は、昭和六二年六月二四日午後一一時五五分ころ、被保険自動車を運転中、西加茂郡三好町大字莇生字郷浦一〇五番地先路上において、自損事故(以下「本件事故」という。)を起こして死亡した。

3  満秋の相続人は、原告のほかには満秋の兄弟がいるのみであり、原告の法定相続分は四分の三である(被告は明らかに争わない。)

4  本件契約の自家用自動車保険普通保険約款第二章自損事故条項三条一項二号及び第四章搭乗者傷害条項二条一項二号には、いずれも、被保険者が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに、その本人について生じた傷害については、保険金を支払わない旨規定されている。

二  争点

被告は、以下のとおり、保険契約約款上の酒酔い免責の抗弁を主張して、保険金の支払義務を争つている。

満秋は、本件事故前に飲酒し、血液一ミリリツトル中約一・二六ミリグラムを含有する状態で被保険自動車を運転し、高速度で国道一五三号線を西から東に向かつて本件事故現場付近に差しかかり、車を左斜め前方に逸走させてバス停の縁石に乗り上げた後、さらにバス停東側の鉄製のガードレール、街路灯に車体を激突させ、これらをなぎ倒して道路下の田へ転落した。

右事実によれば、満秋は、酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車(事故車両)を運転していたものである。

第三争点に対する判断

一  成立に争いのない乙第二号証、第三号証によれば、満秋の飲酒の程度について、次の事実が認められる。

1  本件事故発生から数時間後と推定される昭和六二年六月二五日午前二時一五分ころに行われた満秋の死体の実況見分の際、医師によつて、満秋の心臓血が採取された。

2  同日愛知県警察本部科学捜査研究所において行われた右血液(六五ミリリツトル)の鑑定の結果によれば、アルコールの含有量は、血液一ミリリツトル中一・二六ミリグラムであつた。

二  成立に争いのない乙第一号証によれば、本件事故現場付近の状況について、次の事実が認められる。(別紙交通事故発生現場見取図参照)。

1  本件事故現場は、東西に通じる見通しのよい直線道路の国道一五三号線上である。

2  本件事故現場付近の道路は、中央に黄色のペイント実線によつてセンターラインが表示されており、片側一車線、車道の幅員約六・一メートルのアスフアルトによつて舗装された平坦路である。

3  道路の北側に名鉄バスの停留所があり、バス停車用に待避所が設置されている。バス停前には幅二〇センチメートル、高さ二〇センチメートルのブロツク製縁石が設置され、バス停東側には鉄製のガードレール及び長さ八・五メートルの街路灯が設置されていた。街路灯は鉄製の円柱で、根元部分の直径一五センチメートル、上部の直径八センチメートルで、根元部分は六〇センチメートルのコンクリート製立方体で固定されていた。

4  バス停の北側及び東側は水田が広がつており、水田は道路から二・五メートル下にある。

5  最高速度は毎時四〇キロメートルの交通規制がなされている。

6  事故の痕跡として、バス停の西方横断歩道付近から東へ向けて真新しいタイヤの横滑り痕三条(そのうち最長のものは長さ六〇・四メートル)があつて、バス停のブロツク製縁石まで延びていた。

7  バス停東側に設置されていた街路灯は、東方の水田まで飛んで事故車両の上に倒れていた。また、バス停東側に設置されていた鉄製のガードレール及びその支柱の一部も水田まで飛んでいた。

8  事故車両は、水田の南側(別紙交通事故発生現場見取図<1>地点)に、前部を西方に向けて落ちて大破していた。

三  そこで、酒酔い免責条項に該当するか否かについて判断する。

1  前記アルコールの血中濃度は、一般に、酒酔いの程度としては第一度(微酔)に属するものであり、その中では第二度(軽酔)に近いものである。この場合、抑制が取れ、決断が速やかとなり、誤りも出るようになり、運転者としては危険であるということができる(乙第五号証)。

しかし、満秋の本件事故直前の飲酒量や平素の飲酒の程度について的確な証拠のない本件においては、満秋の前記アルコールの血中濃度のみでは直ちに酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で運転していたとまでは認めることはできない。

2  次に、前記認定の本件事故現場付近の道路状況及び事故の痕跡を総合して判断すると、満秋は、事故車両を運転し、西から東に向かつて本件事故現場付近に差しかかり、車両を左斜め前方に逸走させ、前記バス停の縁石に乗り上げた後、さらに前記ガードレール、街路灯に車体を激突させ、これらをなぎ倒して道路下の水田に転落したものと認められる。事故車両の事故直前の速度については、正確には特定できないが、前記路面に残された横滑り痕の長さ及び右ガードレール、街路灯をなぎ倒した状況をみると、制限速度(毎時四〇キロメートル)の倍以上の高速であつたものと推認される。

3  本件事故現場は、見通しのよい直線道路であり、深夜ともなればスピードを出し過ぎるおそれもあるが、右のような満秋の運転操作は、前記事故の痕跡に照らして、単なるスピードの出し過ぎとするには余りにも激烈、かつ、異常といわざるをえない。すなわち、適切なハンドル、ブレーキ操作をする判断力を欠いていたか、あるいは、適切な回避操作をする余地もないほどの高速で運転していたかであると推定される。

4  このような異常な運転操作は、アルコールの影響で抑制が取れたために高速度となつてもこれを制御することができず、また、適切な回避操作をすることができなかつたものと認めるのが相当である。

したがつて、本件は、満秋が酒に酔つて正常な運転ができない状態で事故車両を運転したために発生した事故であるということができ、酒酔い免責条項に該当するから、被告の抗弁は理由がある。

第四結論

以上の次第で、原告の請求は、理由がないから棄却する。

(裁判官 芝田俊文)

別紙 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例